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大阪高等裁判所 昭和59年(行ケ)3号 判決

原告

西村眞悟

右訴訟代理人

山本次郎

畑良武

被告

大阪府選挙管理委員会

右代表者委員長

中司実

右指定代理人

布村重成

外八名

主文

原告の請求を棄却する。ただし昭和五八年一二月一八日に行われた衆議院議員選挙の大阪府第五区における選挙は違法である。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一被告の本案前の主張について

被告は、選挙の効力に関する訴訟は典型的な民衆訴訟であつて、特に法律の定める範囲の事項に限定して裁判所に判断権限を付与した訴訟であるところ、本件のような議員定数配分規定の違憲無効を理由とする訴えは公職選挙法二〇四条の予想するところではないから、本件訴えは不適法として却下さるべきであると主張する。

たしかに、原告が本件訴えの根拠とする公職選挙法二〇四条は、選挙に関する規定の有効なることを前提とし、選挙の管理執行上の瑕疵があつた場合に当該選挙の効力を失わせ、適法な選挙を再度実施すること(同法一〇九条四号)を目的とするものであつて、同法の規定の下における適法な選挙の再実施が可能であることを予定するものであることは明らかである。

けれども、公職選挙法二〇四条の定める選挙訴訟は現行法上選挙人が選挙の適否を争うことができる唯一の訴訟であつて、これ以外に訴訟上公職選挙法の規定の違憲を主張してその是正を求める機会はないのである。思うに、国民の基本的権利を侵害する国権行為に対してはできるだけその是正救済の途が開かれるべきものであり、単なる選挙規定に基づく選挙の管理執行上の瑕疵以上に重大な瑕疵というべき選挙規定それ自体の違憲無効を理由とする選挙無効の訴えがそのような訴えを許すべき実定法規が存在しないからという理由で許されないとするのはまことに不合理であり、法の趣旨に副うゆえんではない。従つて、議員定数配分規定の違憲を理由とする公職選挙法二〇四条の訴えを認めることは、むしろ憲法の要請に副うものであり、民衆訴訟である同条の訴えについて不当な拡張解釈をなすことには当らないものと解すべきである(最高裁判所昭和五一年四月一四日大法廷判決、民集三〇巻三号二二三頁参照。以下「五一年判決」という)。

そうすると、被告の本案前の申立は理由がない。

二本案についての判断

1原告が、昭和五八年一二月一八日に行われた衆議院議員選挙(本件選挙)の大阪府第五区における選挙人であること、本件選挙は昭和五〇年法律第六三号による改正後の公職選挙法第一三条、別表第一および附則第七項ないし第九項による選挙区および議員定数の定め(以下「本件議員定数配分規定」「本件定数配分規定」などという)に基いて実施されたものであること、本件選挙に際し、本件議員定数配分規定による各選挙区における議員一人当りの有権者数の比率は、最小区の兵庫県第五区を一とすれば最大区は千葉第四区の4.41にも及んでおり、原告の選挙区たる大阪府第五区は3.35であつたことは当事者間に争いがなく、なお本件選挙時における全国一三〇選挙区ごとの有権者数、議員一人当りの有権者数、全国の議員一人当りの平均有権者数との比率、最小区である兵庫県第五区との較差等がそれぞれ別表(一)のとおりであることは被告において明らかに争わないところである。

2公職選挙法は、衆議院議員の選挙区及び各選挙区において選出すべき議員の数は同法の別表第一で定めるとし、(同法一三条一項)、その別表第一は全国を行政区画に従い地域的に分割して選挙区を編成し、同法四条附則二項で定める定数を各選挙区に配分し、議員は各選挙区において選挙するとしている(同法一二条一項)から、右選挙の結果選ばれた議員は全国民の代表ではあるが(憲法四三条一項)、その選出方法としてはいわゆる地域代表制が採られているということができる。

ところで、憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条ただ書の規定は、国民の持つ選挙権の平等を保障するものであることは明らかであるが、これは単に選挙人資格の差別の禁止あるいは一人一票の原則を意味するばかりでなく、各投票が選挙の結果に及ぼす影響力すなわち投票価値の平等をも意味するものと解すべきである。

この点に関し、被告は、各選挙人の投票価値の全き平等を実現するには選挙制度として完全比例代表制を採るほかはなかるべく、憲法は議員定数、選挙区、投票方法その他選挙に関する事項を法律で定める旨規定し(四三条二項、四七条)、四四条但し書に反しない限り選挙に関する事項の決定を国会の裁量に委ねているのであるから、憲法の要求する選挙権の平等が投票価値の平等を含むとしても、それは同一選挙区内における要求であるにとどまり、異なる選挙区間における平等にまで及ぶものではないと主張する。

しかし、憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条ただし書の諸規定を通覧し、かつ、右一五条一項等の規定が選挙権の平等の原則の歴史的発展の成果であることを考慮すれば、憲法一四条一項に定める法の下の平等は、選挙権に関しては、国民はすべて政治的価値において平等であるとする徹底した平等化を志向するものであり、投票という国民の直接的な国政参加の場においては、国民は原則として完全に同等視さるべきものとするのが憲法の精神であると解されるから、地域代表制をとる選挙制度のもとにおいては、選挙区間における投票価値の平等もまた選挙権の平等の一内容をなし、憲法によつて保障されるところのものであると解すべきである。

もつとも、各選挙区における人口又は選挙人数が議員定数により割切れるものである筈はなく、それらは刻々変動するものであるから、各選挙区における選挙人の投票価値を完全に平等ならしめることは不可能のことに属する。したがつて、憲法は、その投票価値が数字的機械的に平等であることまでも要求するものではないことは明らかであるけれども、衆議院議員選挙について公職選挙法が全国都道府県をさらに細分して多数の選挙区を設け、各選挙区に議員定数を配分しており、衆議院議員がその沿革よりして国民代表的性格を有することにかんがみると、議員定数の配分に当つては、各選挙区の人口又は選挙人数に対する配分比率の平等が最も重要かつ基本的な基準となるべきことは多言を要しない。公職選挙法別表第一の末尾において、「本表はこの法律施行の日から五年ごとに直近に行われた国勢調査の結果によつて更正するのを例とする」と定めているのも、法は、選挙区間の投票価値の平等を実現するため、人口異動に伴つて生ずるその時々の人口に比例して各選挙区への議員定数の配分がなされるべきことを要求しているものにほかならない。

もとより、国会においては、選挙区の設定と定数配分の決定にあたり、右人口比例の原則に従うほか、従来の選挙区の歴史的沿革、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、産業・経済・交通事情など、人口比率以外の政策的な諸般の要素を考慮に入れることは許されるべきであり、その結果選挙区を異にする選挙人の投票価値にある程度の較差を生じるのはやむを得ないところであるけれども、それには自ら限界があるものというべきであり、法律の制定又は改正により具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票価値に不平等が存しあるいはその後の人口異動により右不平等が生じ、それが国会において通常考慮しうる諸般の要素を斟酌してもなお一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、もはや憲法が許容する国会の合理的裁量の限界を超えるものというべきであり、このような不平等を正当化すべき特段の理由がない限り、その議員定数配分の定めは憲法違反との判断を受けざるを得ないところである。

ただし、法の制定又は改正の当時合憲であつた議員定数配分規定の下における選挙区間の議員一人当りの人口又は有権者数の較差が、その後の人口の異動によつて拡大し、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つた場合には、そのことによつて直ちに当該配分規定が憲法違反となるわけではなく、人口の異動の状態をも考慮して合理的期間内における是正が憲法上要求されているにもかかわらずそれが行なわれないときに初めて右定数配分規定が憲法に違反することになると解すべきである(前記五一年判決参照)。

3このような見地に立つて本件をみるに、前認定のとおり、本件議員定数配分規定は、昭和五八年一二月一八日執行の本件選挙時においては、議員一人当りの有権者数の最小区である兵庫県第五区と最大区である千葉県第四区との較差が一対4.41の割合に達しているのであつて、このような大きな較差は議員定数の配分に当つて最も重視さるべき要素が人口比率であることに照らし余りに著しい不平等であることは明らかであつて、前述の非人口比率的要素やある程度の政策的裁量を考慮に入れてもなお一般的合理性を有するものとは到底考えられないから、右較差は憲法の要求する投票価値の平等の原則に反する程度に至つているものと言わなければならない(本件選挙の前回の昭和五五年六月二二日の総選挙における較差が一対3.94であつたところ、この程度の較差でも憲法に違反すると言うべきことは最高裁判所昭和五八年一一月七日大法廷判決、民集三七巻九号一二四三頁の判示するところである。以下右判決を「五八年判決」という。)

4そこで、次には、本件選挙当時を基準とし、本件議員定数配分規定が果して憲法上要求されている合理的期間内に是正されなかつたものであると言い得るかどうかについて検討する。

(一)  〈証拠〉ならびに当裁判所に顕著な事実によれば、現行の公職選挙法は、従来の衆議院議員選挙法など各議院、議会の選挙法を統一したものであつて、衆議院議員の選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数の定めを別表第一にゆずつているが、公職選挙法制定当初の別表第一は、昭和二二年に改正された衆議院議員選挙法の別表の定めをそのまま維持したものであること

右衆議院議員選挙法の別表は、大正一四年以来の総定数四六六人を変更することなく、前年の昭和二一年四月実施の臨時統計調査による人口に基いて約一五万人に一人の議員を配分することとし、都道府県、市町村等の行政区画、地理地形、交通事情等の諸般の事情を考慮して一一七の選挙区を設定し、一選挙区に議員を三人ないし五人づつ配分していたところ、その当時の選挙区間の較差は議員一人当り人口比で最大一対1.51にとどまつていたこと

現行法は、前記のとおり別表第一末尾に「本表はこの法律施行日から五年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によつて、更正するのを例とする」旨の定めをおいたが、わが国人口の増大と都市集中にもかかわらず是正措置が講じられなかつたため、選挙区間の不均衡が次第に甚しくなり、昭和三五年の国勢調査によると人口比で最大一対3.21に達したこと

そこで、右較差を二倍以内におさえることを目標に議員定数配分規定の改正が昭和三九年に至つて、同年法律第一三二号により、減員区なしに、総定数を一九名増員し、過大区に割り振るという改正が行なわれ、一応較差は人口比で一対2.16に縮小されたこと

しかし、その後も人口異動は激しく、昭和四七年一二月執行の衆議院議員選挙の際の較差は有権者比で一対4.99にも達し、後に昭和五一年判決で右選挙当時において右議員定数配分規定の定めは違憲状態にあると断定されるに至つたこと

そしてようやく昭和五〇年法律第六三号(同年七月一五日公布)により、総定数を二〇名増員して人口過大区に割り当て一部の選挙区を分割するという改正が行われ(なお、議員定数は、公職選挙法制定当初の四六六名が、昭和二八年の奄美群島復帰で一名増、前記の昭和三九年改正で一九名増、昭和四六年の沖縄復帰で五名増、この昭和五〇年改正で二〇名増で、結局五一一名となり、選挙区は一三〇区となつた)、右改正の結果較差は人口比で最大一対4.83から一対2.92に縮少されたこと

もつとも、右改正の資料となつたのは五年前の昭和四五年一〇月に実施された国勢調査の結果であるため、右改正時には改正法によつても較差は一対三の程度を越えていたと推測され、現に右改正直後の昭和五〇年一〇月に実施された国勢調査の結果(翌年五一年四月に最終集計が公表された)によると、最大較差は人口比で一対3.71に及んでいたし、昭和五一年一二月に行われた衆議院議員選挙の際には有権者比で一対3.50に達していたこと(なお右人口比と有権者比とでかなり差異があるのは、有権者数が住民基本台帳に基くものであるところ、住民登録をしていない者が大都市に偏在しているためと思われる)

さらに、昭和五四年一〇月に行われた衆議院議員選挙の際には有権者比で一対3.87に、同五五年六月の同選挙の際には同じく一対3.94に、同年一〇月の国勢調査結果によると人口比で一対4.54に較差は拡大し続け、昭和五八年一二月の本件選挙時においては有権者比で一対4.41に達したこと

しかし、右五〇年改正以後本件選挙時まで約八年半の間定数配分規定の是正は行われなかつたこと

この間、昭和五一年四月には前記のとおり最高裁判所大法廷判決により、投票価値の平等は憲法上の要求であることが宣明されたうえ、昭和四七年一二月の選挙時には本件議員定数配分規定が憲法の違反の状態となつていた旨判断されたこと、その後前記の昭和五一年一二月の選挙について、同五三年九月一一日の東京高等裁判所判決(行裁集二九巻九号一五九六頁)は右五一年判決と立論を異にして本件定数配分規定を合憲としたが、同月一三日の東京高等裁判所判決(行裁集二九巻九号一六二一頁)はこれを違憲であると宣言し、さらに昭和五五年六月の選挙についても、同年一二月二三日東京高等裁判所が(行裁集三一巻一二号二六一九頁)、同五七年二月一七日大阪高等裁判所が(行裁集三三巻一・二号四二頁)、それぞれ本件定数配分規定を違憲とする判決をしたこと、もつとも、右昭和五五年一二月二三日の東京高等裁判所の判決は前記の最高裁五八年判決で取り消されたが、その理由は本件定数配分規定そのものは違憲であるが、昭和五五年一二月までに国会が違憲状態を是正すべき合理的期間が経過したとはいえないというものであつたこと

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  ところで、議員定数配分規定についての昭和五〇年の改正は、直近の国勢調査の結果に従つて更正するのを例とする旨の公職選挙法別表第一の末文に従つて昭和四五年一〇月実施の国勢調査結果に基づき定数是正を行つたものであるところ、これにより較差が一対2.92に縮小されたことにより一応違憲状態が解消されたと評価しうる(前記昭和五八年判決参照)としても、なお較差は三倍に近く、しかも昭和三〇年代に既に現われていた較差増大傾向が鈍化するきざしもなかつた以上、定数増、分区という方式による手直しは一時的な弥縫策の域を出るものではなく、たちまち再び著しい投票価値の較差を生ずることは明らかであつたと認められる。そうだとすれば、国会としては右改正をもつて能事終れりとするのではなく、さらに昭和二二年改正時に実現されていたような小さな較差にとどめるべく抜本的な解決を図るべきものであつて、おそくとも右改正後の昭和五〇年一〇月の国勢調査により較差が人口比一対3.71にも及んでいることが判明した時には、改正後の本件定数配分規定が再び憲法の要求に反する情況に立ち至つたことが明らかになつたというべきであるから、直ちに再是正の作業に着手すべきものであつたといわねばならない。

もつとも、抜本的な較差解消に関しては、(1) 選挙区間の偏りを是正するためには、議員一人当り人口又は有権者数の過小な選挙区について議員定数を減らしもしくは他の選挙区と合区する必要があるところ、定数減は選挙区ごとに三人ないし五人の議員を配分するという従来のいわゆる中選挙区制の変更を迫るものであり(もつとも右配分数は沿革的なものにすぎず、二人の設置を否定すべき法理上の根拠はないし、例外ではあるが奄美群島区が一人区として既に設けられている)、合区、分区という選挙区割の変更は地域代表的性格を有する衆議院議員の選挙区有権者との紐帯をさしあたり弱めることになること、(2) 定数是正のための改正法の審議にはある程度の時間を必要とすること(前顕乙第一号証によると定数増のみにとどまつた昭和五〇年改正も、約一年間の国会審議を要したことが認められる)、(3) 関係者は定数是正後次の選挙までの間に候補者の確定その他諸般の対応策を講じる必要があるが、そのためには相当の時間を要し、右の時間を欠いては徒らな混乱を招き効果的な代表の選出を妨げるおそれがあること、等の問題が存在していることは否定できない。これらの諸点にかんがみると、右五〇年改正にかかる本件議員定数配分規定の公布から五年を出ない前回昭和五五年六月の選挙執行時までの間に定数是正を行うべき合理的期間が経過したとは直ちに言い難い(前記五八年判決参照)。しかしながら、本件選挙はそれから更に三年半近くの時間を閲した昭和五八年一二月に行われているのであり、改正法公布からすると約八年半という長い期間が経過しているのであるから、国会において較差解消を図るための抜本的な対策を講ずることのできる期間がなかつたとは称し難く、むしろ右対策を講ずるに十分な期間があつたといわざるを得ないところである。

(三)  そうだとすれば、本件議員定数配分規定は、本件選挙が行われた昭和五八年一二月一八日当時において、憲法の要求に反する状態に立ち至つていたものであり、しかもこれが是正につき合理性のある期間であるとして憲法上許容される期間を経過していたものである。それにもかかわらず、国会は敢て右の是正をなさなかつたものであるというほかはない。

(四)  被告は、本件定数配分規定が違憲状態に至つたか否かを国会自らが判断するのは困難であり、裁判所の判断に待つべきところ、昭和五〇年改正規定が憲法に違反する状態に達している旨の最高裁判所の判断は昭和五八年一一月七日に至つてなされたものであるから、同年一二月一八日の本件選挙の執行までに本件定数配分規定を改正することは不可能であつた旨主張する。

たしかに、右五八年判決によつて初めて国会が本件議員定数配分規定が違憲であることを認識しその時から改正義務を生じたこととなるのであれば、衆議院が同年一一月二八日に解散されたこと当裁判所に顕著な事実であるから(違憲状態にあると宣言された配分規定を改正しないまま、その執行を必要とする解散を行うこと自体一の憲法上の問題であるが、それはともかくとして)、それまでに定数配分の是正を行うことは不可能であつたであろう。しかし、是正のための合理的期間を過ぎたか否かは違憲判断の要件として問題になるものなのであつて、国会が定数配分規定が憲法違反の状態にあることを十分に認識しなかつたことについて咎められるべき点があつたかどうかは直接には関係がない。のみならず、衆議院議員選挙においては人口比例主義が最も重要かつ基本的な基準であることは前記五一年判決によつて明示されており、その後も同旨の高等裁判所の判決がくり返されているのであるから、国会においても右のことは当然自覚しているはずであつて、違憲判断の明確な基準がなかつたからといつて、あるいは五〇年改正に対する最高裁判所の判断がなかつたからといつて、国会が違憲状態を是正すべき合理的期間が経過していないことになるものではない。

その他被告がいわゆる合理的期間が経過していないとして主張するところはすべて以上の説示に反するものであつて、採用の限りではない。

5そうすると、本件議員定数配分規定は、本件選挙当時憲法の前記諸規定に違反していたものと断定するのほかなきものである。

なお、選挙区割及び議員定数の配分は議員総数と関連させながら全選挙区を全体的に考察して決定されるものであつて、一定の議員総数の各選挙区への配分として相互に有機的に関連するものであり不可分の一体を為すと考えられるから、本件定数配分規定は全体として違憲の瑕疵を帯びるものである。

6しかるところは、本件議員定数配分規定が全体として違憲となるものとすれば、右定数配分規定の下において実施された本件選挙も当然無効とすべき筋合である。しかしながら、本訴において選挙無効の判決をすると、(1) 本件選挙が将来に向つてのみ失効するものとしても、これによつては大阪府第五区選出の議員がいなくなるというだけのことであつて、真に憲法に適合する選挙が実現するためには公職選挙法自体の改正にまたねばならぬことに変りはなく、(2) 本件と同様の訴訟が数多く提起された場合は国会は議員定数の多くを充足しない状態においてその活動を行わざるを得なくなり、今後の議員定数配分規定の改正についても右の状態で審議を行うという変則的事態となり、(3) 仮りに一部の選挙区の選挙のみが無効とされるにとどまつた場合でももともと同じ瑕疵を有する選挙について他の選挙区のそれが有効と取扱われることは好ましい状況ではなく、(4) 本訴のような定数是正を目的とした訴訟は、議員一人当り人口(有権者)数の過大な選挙区の有権者が出訴するのが通常であるところ、そのような選挙区(不平等に取り扱われた選挙人の属する選挙区)から選出される議員のいない国会において議員定数配分規定の審議が行われることとなつて、客観的には出訴の目的に背馳することになり、(5) 無効判決を受けての定数配分規定の改定もさし当つて無効となつた選挙区のみ定数増とされる可能性が高く、徒らに総定数のみ増加させるおそれがある、などの数々の弊害があり、かえつて憲法の所期するところに適合しない結果となりかねない。他方、昭和五〇年改正による本件議員定数配分規定自体について最高裁判所が違憲状態にある旨宣言し速やかな改正を勧告した前記の昭和五八年一一月七日判決は本件選挙前一か月余のことであるから、国会において右違憲状態を放置して顧みないまま漫然と相当期間を経過して本件選挙に至つたものとは必ずしも言えず、国会による今後の自発的是正が全く期待できないとまでは言えない。以上の諸点を彼我勘案すれば、いまだ選挙権の平等に対する侵害の是正の必要性が、選挙を無効とすることにより生ずる弊害よりも優越するに至つているとは認め難いところである。

そこで、当裁判所は、前記五一年判決の採つた理論に則り、本件選挙を無効とすることなく事情判決をするにとどめることとする。

三結論

よつて原告の本訴請求を棄却し、本件選挙が違法であることを宣言することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(今中道信 露木靖郎 下司正明)

別紙(一)〜(五)〈省略〉

別表(一)〜(三)〈省略〉

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